「エドワード二世」、「十二夜+私、マルヴォーリオは」という名前は、舞台に精通している方でなくても一度は耳にしたことがあるかもしれない。これらの名作を始めとしたさまざまな舞台で衣裳デザインを手がけ、近年その表現力の高さで話題を集めるのが、西原梨恵だ。舞台における世界観を構成する上で、最も重要と言ってもいい要素、衣裳。彼女が今回手がけたのは、映画「鋼の錬金術師」。意外なことに、映画の衣裳に関しては初挑戦だと言う。
「舞台と違ってカメラが衣裳のかなり近い位置まで寄ってくるので、素材感から細部のデザインまで、いつも以上に細心の注意を払いました。だからこそ、衣裳の些細な部分が気になってしょうがなくて。完成品の衣裳を手に取った時は、ヒヤヒヤしましたね(笑)。映画は初めての経験だったので、何をどこまでするのかという限度も分からない中での挑戦でした」
日本で唯一の舞台美術専門の賞として知られる「伊藤熹朔賞」の奨励賞を2010年、新人賞を2014年に受賞し、彼女のデザイン力、表現力は舞台の世界を越えて、広く知られることとなった。舞台に携わる者であれば誰もが知る、非常に名誉ある賞だ。数々の舞台で衣裳デザイナーとして、着々と実績を重ねた彼女。それでも映画には、“映画ならでは”の大変さがあったようだ。
「映画を通して俳優さんや女優さんをどう見せていくのか。私自身のデザインに対する要望以外にも、さまざまな事情が関わってくるので、そこをどう擦り合わせていくのかという部分もあって。衣裳をデザインするとき以外にも、繊細な配慮が必要とされる場面は多々ありましたね」
映画の衣裳デザインの話を最初に聞いたとき、率直にうれしかったと笑顔で話す彼女。インタビュー中も「本当に私でいいの?と思いました(笑)」と口にするくらい、当初は喜びと同時に驚きがあったそうだ。実際に仕事が始まって、どこにやりがいを感じていたのだろうか。
「本当に全部が全部、やりがいでしたね。全ての仕事が終わっても『次はここのデザインをもっとこうしよう』とか『この部分はカメラのヨリに対してもっと衣裳が映えるように素材感を変えよう』とか、次から次へと改善点が浮かんできて」
どこまでも衣裳デザインに対してストイックな西原が、制作者として目覚めたきっかけは一体どこにあったのだろうか。実は彼女、舞台に出る立場としてのキャリアが長かったそう。
「母親の強い意向もあって、モダンバレエを小さい頃から大学在学中まで、ずっと続けていたんです。舞台が身近に感じるきっかけは、そこにあるのかなと思います。ただ、モダンバレエを続ける中でも『本当は音楽や、工作のような分野の方が自分には向いてるかも…』という想いがあって(笑)。その想いを持ったまま大学生になり、親元を離れたこともあってか、いよいよ“作ること”への強い関心がおさえられなくなったんですね。大学生の時は自然と舞台で使う衣裳を壊したり、色をかけたり、自分の作りたいものに対して試行錯誤をするようになりました。演出を始め、舞台装置や衣裳の制作など、舞台の中にはいろいろと作るものがあって。私はその中でも、ビジュアルの部分に関わることが大好きだったんです。そうやってどんどん制作に関わるようになって、かたくなに母親が辞めさせてくれなかったバレエも、ついに辞めることに(笑)。」
長い期間続けてきたモダンバレエだっただけに、いざ辞める時はなかなか踏ん切りがつかなかったと話す彼女。それでも大学卒業と同時に衣裳デザイナーの緒方規矩子氏に師事し、本格的に制作活動をスタートさせる。衣裳の細部まで徹底的にこだわり、独自の“美”を追求し続ける道はここから始まった。
「自分の世界観を表現したいという想いが、すごく強いんですね。小さい頃はお人形遊びが大好きで。すごくインドアなタイプに思われるかもしれませんが、机の下とか狭い空間で当時から自分の世界を作っていました(笑)。私自身の“美”に対する感覚は、今思えば幼少期のお人形遊びから育まれていたのかもしれませんね」
お人形遊びを通して、机の下に広がっていた西原の世界。そこで育まれた“美”に対する感覚。彼女の創り出す世界は机の下にとどまらず、舞台、映画と広がっていく。彼女独自の世界観を表現することで、生み出される“美”。彼女の“美”への追求はこれからも続くはずだ。
「職人さんが実際に衣裳を作っている風景を見ながら、どのような工程で衣裳が出来上がっていくのかをいつも学ぶようにしています。細部まで作りこんでいる職人さんの作業を見ながら、次はこういうデザインにしようとイメージしつつ。それでも結果、私が作った無理難題なデザインに職人さんが頭を悩ませるということもしばしば(笑)。でも、そういうところから新しいものが生まれる気はしています。もちろんデザインを渡して、『あとはお願いね』なんて仕事の頼み方はしません(笑)。一方的な言い方ではなく、例えば『このデザインを実現したいのですが、そのためにこの部分はどのように縫ったらいいんですか?』とまずは質問します。どのような理由があって、このデザインに至ったのか。そこを具体的に理屈で説明できるように意識していますね」
衣裳デザイナー、西原梨恵。彼女が作り上げる世界は多くの人を魅了する。舞台、映画の観客の方々から、ともに衣裳を作り上げる職人の方、一緒に仕事をすることの多い演出家や技術の方々まで。彼女の世界に魅了されている人がこれだけ多くいる理由は、衣裳デザインのクオリティの高さだけではないのかもしれない。
プロフィール[Profile] 西原梨恵 [にしはらりえ]
1977年2月20日生まれ、愛知県出身。
大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科卒業後、舞台衣裳デザイナー緒方規矩子氏に師事。第37回伊藤熹朔賞奨励賞受賞、第42回伊藤熹朔賞新人賞受賞。東京藝術大学音楽学部オペラ科非常勤講師。今までの主な作品は、今までの主な作品は、「エドワード二世」、「十二夜+私、マルヴォーリオは」、「景清」、「錬金術師」、「スワン」、「アンチゴーヌ」、「NARUTO-ナルト-」、「天下無敵の忍び道」、「すべての四月のために」などがある。
映画『鋼の錬金術師』
■監督:曽利文彦(『ピンポン』) ■原作:『鋼の錬金術師』荒川弘(『ガンガンコミックス』スクウェア・エニックス刊) ■出演:山田涼介、本田翼、ディーン・フジオカ、蓮佛美沙子、本郷奏多、國村隼、石丸兼二郎、 原田夏希、内山信二、夏菜、大泉洋(特別出演)、佐藤隆太、小日向文世、松雪泰子ほか ■上映時間:133分 ■配給:ワーナー・ブラザース映画
全世界で驚異的な大ヒットを記録したコミックス『鋼の錬金術師』が、待望の映画化。監督は『ピンポン』(2002)の曽利文彦。山田涼介、本田翼、ディーン・フジオカと豪華キャストを迎え、やがて国家全体を巻き込むような大冒険を描く。
<STORY>
全世界待望のファンタジー超大作、兄弟の絆を賭けた冒険が始まる!運命に挑む兄弟エドとアル。幼き日に最愛の母を生き返らせようと、禁断の術を犯したエドは手脚を失い、アルは魂だけの鎧の身体になった。必ず弟の身体を戻す――そう決心し、鋼の義肢、オートメイル(機械鎧)を身に着けたエドは、やがて“鋼の錬金術師”と呼ばれる存在となる。身体を取り戻す唯一の手がかりは、謎に包まれた「賢者の石」。伝説を求めて旅をする二人は、やがて国家を揺るがす恐大な陰謀に巻き込まれていく…。壮大な旅の果てに、待ち受ける驚愕の真実とは?兄弟の絆を懸けた、超ド級の冒険がいま始まる!
photographer:榊原亮佑