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作家:貫井徳郎「裏の顔がない人間なんて、つまらない」

世間を震撼させた一家惨殺事件。その真相を追うルポライター:田中(妻夫木聡)を中心に、事件の全貌、そして登場人物、それぞれの愚行が明かされていく……。

直木賞候補作ともなり話題を呼んだミステリー『愚行録』が映画化、2月18日(土)より公開される。その衝撃的な内容と一人称で進んでいくストーリー展開は「映像化不可能」とも言われた問題作。自身の作品初の映画化ともなった原作者:貫井徳郎は、完成した作品を鑑賞中、原作にはないシーンに感嘆の声を上げた。

「冒頭のシーンなんですが、妻夫木さんがバスに乗車中、席を譲ることを強要されるシーンがあって。ちょっとした報復の想いからか、まさに“愚行”とも呼ぶべきある行動に出るんですよね。そのシーンを見たときに正直“やられた!”と思いました。一発で『愚行録』の世界観を現した、見事なシーンでした」

話の舞台は名門大学や一流大手デベロッパー会社など。親の職業や家の財力における学内のカースト制度、就職のためのコネ作り、社内恋愛……描かれるさまざまな “愚行”は、誰もが心当たりのあるような小さなモノから大きな罪まで。なかでも大学のリアルな人間関係はフィクションではなく実話だとか。

「大学時代の話を書くときに、リサーチを兼ねてかつて慶応大学に通っていた友達に学生時代の話を聞いてみたんです。そしたら予想以上にすごいエピソードがポロポロと出てきて、非常に興味深い話ばかりだったのでそのまま使わせてもらいました。内部生、外部生の派閥争いとか、親の勤め先で階級を付けられるとか、車で自由が丘までランチに行くなどの話は僕の想像とかではなくて、すべて事実。バブルがはじける前だったから話の規模が大きくて面白かったですね」

2010年には山本周五郎賞も受賞し、ミステリー作家としても名高い彼だが、作家になる前はサラリーマンとして働いていた。主要人物のひとりである田向には、早稲田大学出身、不動産会社に就職という自分のプロフィールを重ねるという小ネタも忍ばせている。そこにはある意図があった。

「確かに『愚行録』はさまざまな人間の愚行を描き出している作品です。でも人のイヤな面を告発しようなんて気持ちはなくて。みんな多かれ少なかれ “愚行”を犯している。もちろん僕も。自らのプロフィールを田向に重ねることで、僕自身も彼らと同じ穴のむじな(狢)だということを暗示したかったんです」

作家としてのルーツは幼少期にさかのぼる。小さなころから無類のミステリー好きだった。シャーロック・ホームズシリーズから赤川次郎など、代表的な作品はすべて読んだ。一時期SFに傾倒したこともあったが、島田荘司(※)という巨匠の登場で再びミステリーの面白さにハマった。読む専門だった彼が初めて執筆したのは高校生の頃。

「非常に即物的な話になってしまうんですけど、高校生当時に見かけた“横溝正史賞(現・横溝正史ミステリー大賞)”の賞金が50万円だったんです。乱歩賞とかはまだ賞金がなかった時代。その50万円が欲しくて書き始めたのがきっかけです(笑)」

書き始めた動機は賞金だったが、執筆を進めるうちにその面白さに夢中になった。大学時代も社会人になっても書き続けた。一度は就職したものの、やはり作家になりたいという夢が捨てられなかった。

「一度きりしかない人生、やっぱり自分のやりたいことをしたいと思った、というのは表向きの答えで、仕事での人間関係に疲れてしまったというのもあります。職場内での人間関係ではなく、お客様とのやりとりで人間のイヤな部分も目にすることもしばしばあって。今考えれば“何を甘いことを言っているんだ”と思うし、自分だけが特別ツライ思いをしていたわけではないのですが。当時はバブルだったこともあって“辞めてもすぐに再就職できる”と、飛び出してしまいました」

彼の作品には、人間の暗闇や多面性をテーマとするものが多い。切り口や光の当て方を変えて、人間のさまざまな側面を炙り出す。

「人間にはいろんな面があって当たり前。見る人によって見え方って違うし、裏表という二面性だけじゃない、もっといろんな面がある多面体。そしてどの面も、どの見え方も間違いではない。複雑だから面白いんです。だからこそ、綺麗な部分だけでなく、醜い部分もどんどん描いていきたい。単純な人間なんてつまらないですから」

イヤな面があるから、良い面が引き立つ。いや、そもそも自分がイヤだと思っている部分も、他の人から見たら魅力的にうつることもあるのかもしれない。

人間はみな愚かな生き物だ。『愚行録』に登場する人物たちは過去の自分でもあり、未来の自分でもあるのかもしれない。

※1981年、『占星術殺人事件』(投稿時の題名は『占星術のマジック』)でデビュー。「新本格」推理のジャンルを切りひらき、新人推薦にも力を入れ、綾辻行人、歌野晶午などを世に出す。「ミステリー界のドン」とも呼ばれる。