14歳で、舞台デビュー。その才能はすぐに開花し、瞬く間に人気女優の仲間入りを果たし、以降、映画やドラマにと活躍。気づけば女優生活も今年で17年目を迎える、蒼井 優に“女優”という仕事について聞いてみた。
さまざまな現場を経験してきた彼女でも、自分をコントロールできない現場があった。最新出演作『オーバー・フェンス』での話だ。劣等感が強く、人と違う自分への自己嫌悪にさいなまれながらも、どうにもできず生き悩む女性“聡”を演じるうちに、思いもよらない事態に陥ってしまったという。
「周りがまったく見えなくなってしまったんです。いつもなら、カメラの位置や距離感でどんな画になるかなんとなくわかるし、台本を読めばここで音楽が入るんだろうとか、これまでの経験からで読めるところもあるんです。通常、自分があって役があって、どちらも自分でコントロールできてるんだけど、今回はそれができなくて。聡が持つ“不安定さ”をハンドリングできないまま、自分の立ち位置も見失ってしまい、そのままひたすら進んでいった。完成までどんな映像になってるのか予想がつかなくて、本当に初めての感覚でした」
聡を演じるにあたり“楽しむことをしないようにしよう”と決めていたものの、予想以上にいっぱいいっぱいになってしまった。その原因のひとつに、共演者オダギリジョーの力があるという。
「こう言ったらなんですが、オダギリさんが白岩を演じられることで、私は追い詰められていったんだと思うんですよね。白岩から向けられる目の冷たさに、“これは聡じゃなくて、私自身に向けている目なんじゃないか“って錯覚に陥って。蛇ににらまれた蛙のように、あの目で見られると”ああ、どうしよう。そうですよね、この演技は違いますよね!?“って、まるで素人のように焦ってしまう。女性ならあの目の怖さ、きっとわかってくれると思います(笑)」
監督やプロデューサーを始め、この役を演じられるのは「蒼井 優しかいない」と言わしめたのは聡が踊る “鳥の求愛”を模したダンス。この映画の大きな見どころでもあるその場面では、彼女の熱望によって、とある振付師とのコラボも実現した。
「昔、野田秀樹さんの舞台でご一緒した舞踏家の黒田育代さんに振り付けを考えていただいたんです。いつかまたご一緒できればと思ってたのが念願かなって。育代さんにご協力いただかなかったら、きっともっと“照れ”が出ちゃってたと思うんです。実際、求愛ダンスのシーンを撮った時は一瞬“私何やってるんだろう?”とよぎったりもしましたし(笑)」 自身の声と鳥の声を聴き間違えるほど入り込んだという、思わず息を呑むほど幻想的なシーン。細い指先が時に羽のように、時に愛を求める心を映し出すように、変幻自在に舞う。
デビューからずっと出演作が絶えない彼女だが、当時を振り返るとこんな思い出がよみがえる。
「中学校3年生の時にこの仕事を始めてから、現場に行くと学校とは違う世界の人と出会えたり、映画の話や演技の話ができるのがすごく楽しくて刺激的で。女優というお仕事ができていることがうれしい反面、学業に専念できないことに対する後ろめたい気持ちがあったんです」
将来のこととか、そんな先のことは考えていなかった。中学校が終わるまで、高校が終わるまで、そのあとは学業に戻ろう、と常に揺れる気持ちを持ってきた。しかし、19歳の時にその迷いを吹き消す出来事が訪れる。映画『花とアリス』の公開時、釜山国際映画祭でのことだ。
「初めてレッドカーペットを歩いた時、熱狂的な映画ファンに囲まれてその熱と歓喜にあてられてるうちに、知らず知らずのうちに封をしていた自分の気持ちが解放されてしまったんです。映画が好きな気持ち、演じるのが好きな気持ちがとめどなく湧き出てきて、うれしい気持ちで胸がいっぱいになって、ホテルに帰ってからも興奮やまずにずっと飛び跳ねていたほど(笑)。一度気持ちがあふれたら止まらなくて、学業を止めて、自分の好きな女優活動に専念しようと決めました」
そのとき初めて「5年間つま先しか触れていなかった世界に、片足どっぷりと突っ込んだ」と言う。今でもずっと片足。「なぜ両足ではないのか?」という問いには「この世界では自分を見失って狂ってしまうのも簡単。私は私でいたいから、両足はつっこまない。片足がちょうどいい」と語る。以来、ずっと演技の世界に身を置いてきた。歳を重ねるにつれ、与えられる役も変わってきた。
「10代、20代前半の時にやってた役は、たとえるなら綺麗な多面体。いろんな面があるけど、スパッときれいな断面だったのが、30歳近くなったらその面がでこぼこしたりしてる。若いころは迷いながらも成長していく役が多かったけど、20代後半にもなると止まって戻って一向に前に進めない役も多い(笑)。そのこじらせはじめた感じが演じがいがあって面白いです」
相手が聞きたいことを正確に返してくる、取材中のその反応だけでも彼女の聡明さは十分すぎるほど感じとれる。そしてプライベートでは有名な活字オタク。海外文学から小説まで何でも読む。最近では岡潔の数学エッセイにもハマった。
「本を読むのが好きなので、映像化されたのを観てみたいという作品はたくさんありますね。小説なんかは自分でキャスティングしながら読んじゃう。普通なら実現しないような豪華キャスティングで、それはもうすごいフルスぺクタル(笑)。原作ものの映像化は賛否両論ありますが、私は自分以外の視点でも観てみたいなって思うタイプなので」
読書を好み、そこでは常に読む側、観る側の視点で考える。だからこそ、彼女の演技は観客とのブレが生じにくい。それでいて、いつ観ても予想もしない驚きを与えられる。そして自由さがある。どっぷりつからずに、自分を保ち、時に羽ばたく。その姿は私たちの心を捉えて離さない。