『U32の会』という会の名前を聞いたことがあるだろうか?20~30代前半の若手社会人が集まり、参加メンバーが1人15分ずつの持ち時間でそれぞれのいま悩んでいること、思っていることをざっくばらんに話す。その話した内容に対して全員で共感したり、抱える問題の解決方法を模索したり。若手の社会人同士が、会社では言えない本音を語り合う交流会だ。
「本当にやりたいことへ踏み出すきっかけを作りたい」と話す、『U32の会』発起人の孫田博美。彼女自身も28歳の若手社会人だ。会社員と『U32の会』の活動を両立させ、精力的に行動する彼女だが、自身のキャリアについて深く悩んだ時期があったという。
「1社目からの転職後は大学生向けのキャリアアドバイザーをしていたのですが、1年目から成果が出始めて運よく全社表彰もいただき、当時は自分にとって天職だと感じていたんですね。周りからもその仕事に向いていると言われてましたし。ただ、2、3年ほど仕事を続けたところで、『本当に自分のしたい仕事って何だっけ』と突然わからなくなった瞬間があって」
いつしか彼女自身、頻繁に交流会に足を運ぶようになった。社内では「仕事熱心」という印象で、そのイメージが先行するあまり、社内で本音を言うことができなくなっていた。そうなると、必然的に相談相手を社外に求めることになる。
「ある時期は本当にひたすら交流会に行っていました。仕事終わりに参加して、土日も平均して3本程度は必ず参加して。私自身、交流会で気持ちが救われていたんですね。その時の気持ちが『U32の会』立ち上げのきっかけにもなるんですが、中には嫌な交流会もあったりして…」
孫田が口にする「嫌な交流会」の代表的なものが、いわゆるビジネス勧誘目的の会。「やりたいことがあるんだね。それならこのセミナーに参加してみない?」といったように、彼女が相手に伝えた本音がすぐにネットワークビジネスに結びつけられそうになることもあった。だからこそ、『U32の会』は最初から勧誘行為の禁止というルールを設定。仕事とは距離を置いたところで、若者が腰を据えて本音を話す聖域にした。
「決してネットワークビジネス自体が悪いということではないのですが、使い方を間違えるとよくないツールになってしまうと思うんです。目の前にあるおいしい話に乗っかるということではなく、今自分がどういう人生を生きて、どういうことをしたいのかはっきりとした意志がある上で選択しないと私の父親のようなことになってしまう気がして…」
実は孫田の父親は以前、ネットワークビジネスで失敗したことがあった。その影響で家が大混乱になったことがあり、中学生から高校生の間の彼女は非常に大変な思いをしていた。彼女が言う「相手になかなか本音を話すことができない」という原体験は、ここにあるようだ。その中で「父親に自分の人生を邪魔されたくない」という想いから、大学は地元の山形ではなく、神奈川の横浜国立大学を受ける決意をする。
「高校時代は部活をしていたり遊びに行っていたりする友人を横目に、図書館でひたすら勉強していましたね。私の家は周りとは違うからやらなきゃいけない、頑張らないと幸せになれないと思って頑張っていたのですが、一方で私の今の辛さを家族も含めて誰もわかってくれないという孤独感も感じていました。最初は関東の大学を受けることを父親も反対していたのですが、最終的には認めてくれて、結果合格して地元の山形を出ることになったんです」
トラウマとも言えるような原体験を経て、一人で頑張ることを決意した彼女。大学卒業後も一人で走り続け、突然プツっと糸が切れたのかもしれない。そこで実感したのが、誰かと本音を共有できる場のありがたさ。
「私が『U32の会』をやってよかったと思う瞬間は、参加者の方に『また来ます』と言ってもらえた時や、イキイキしたすごくいい表情になって帰っていく方を見たときですね。今でも一番のやりがいを感じる瞬間はそこにつきます。」
人との出会いが縁となり、現在『U32の会』は関東支部、沖縄支部、山形支部と、着実にその輪を広げ始めている。孫田は今、自身が立ち上げたこの若者のコミュニケーションの場をどう思っているのだろうか。
「今後も『U32の会』をもっと多くの方々に広げていきたいと思っています。若者が悩んだ時に一番最初に思いつくような存在を目指したい。あそこに行けば面白い人に会えるんじゃないかと思ってもらえるような。ただ、これから規模が広がる上で、どうしても会の収益面を考えなければならない瞬間がくるのかなとは思います。そうなった時に、どうしても初参加の方が行きづらくなるのではという懸念もありますね。私は収益化を考えるということではなく、純粋に話をしたい、聞きたい人を集めたいという意志があることを伝えたいなと思います。そういった思いからも当面は収益面を考えず、人のご縁を大事にしながら、徐々に規模を増やしていければと考えています」
これからも広めていくということを考えたときに「一切の勧誘を禁止する」というルールが足かせにならないのだろうか。率直に聞いてみた。
「その辺りが結構面白くて、参加してもらえる方々の立場が徐々に変わってきたんですよね。『U32の会』発足初期の辺りは、起業家やフリーランスの方が多かった印象なのですが、今では会社員とそうでない人の半々くらいの割合になってきて。参加した方々も今の自分の立場がどうとか、ビジネスのきっかけをつかみたいからとかそういうことではなく、ただ単純に同世代の人と話せることがうれしいと言ってくれていて。どうやってこの場からビジネスにつなげるかという打算的な交流ではなく、『根本的にどう生きたいのか』、『本当にやりたいことは何なのか』を話し合える場になってきたことが、私としてもうれしいですね」
「本来ならこのような交流会がなくなるのがベストなんですよね」と笑顔で語る孫田。誰もがやりたいことを気軽に話せる社会。本当は誰もが求めている現実に違いない。自分たちの聖域を自分たちで作る。彼女の瞳には、若者が本音を言い合えるオープンでフラットな未来が見えているに違いない。
プロフィール[Profile] 孫田博美 [そんたひろみ]
1989年3月5日生まれ、山形県出身。「自分の生きたい場所で生きる」と決め、現在は鎌倉在住。大手人材会社に勤務し、新卒対象のキャリアアドバイザーとして約1000人の就活生のカウンセリングを経験。2013年には転職者数百人から選ばれる「新人賞」を受賞した。会社員として働きながら、若手交流会『U32の会』を数名の運営メンバーとともに毎月開催。これまでの参加者はのべ50名以上に。「本当にやりたいことの発見・実現」をテーマに、多くの若者に前向きな姿勢を持つきっかけを提供している。